SIXIÈME GINZA MAGAZINE 031

美しくて明るい方を見る、それが自分の役割(後編)

Interview with YOSHIYUKI MORIOKA

各方面でご活躍されているSIXIÈME GINZA世代の方々をお招きし、これまでの生き方や仕事に対する姿勢やご自身のマインドなどをお話しいただくこのコーナー。今回はSIXIÈME GINZAのMDディレクターを務める笠原と佐々木が聞き手となって、「森岡書店」店主の森岡督行さんにお話を伺いました。

銀座の中心部から少し離れた静かな界隈にある森岡書店は、週替わりで「一冊の本を売る書店」。一冊の本から派生する作品を展示しながら本の世界観を見せる空間には、森岡さんの審美眼に惹かれてお客さんが全国から集まってきます。執筆家、キュレーター、ブックディレクターなどさまざまな顔を持ち、多方面で活躍されている森岡さんのお話には、人生を照らしてくれる本の言葉、面白いエピソード、日常を楽しむ素敵なアイデアが散りばめられていました。その溢れる知識、好奇心、そして強い探究心はどこから生まれているのでしょうか。シジェーム世代を勇気づけるオススメの本も伺いました。

 

50代におすすめの本

これまで膨大な数の書籍や新聞を読まれてきた森岡さんに、50代のSIXIÈME GINZA世代に向けてオススメの本を伺ってみました。「これは直接的な答えではないのですが、この間白洲次郎さんのことを調べていたら彼は43歳くらいから本格的な業績を残したということがわかりました。40半ばから60代までで人生の大きな仕事をなり遂げたということを知って、自分もこれからだなという思いを新たにしました」。
同じようなことを新一万円札の顔になる渋沢栄一も語っていたそうです。「日本資本主義の父」とも呼ばれる渋沢栄一は、91歳で亡くなるまでの間に、約500社の設立に関わり、約600件の社会公共事業に尽力しましたが、その渋沢栄一が残した言葉に「四十、五十は洟垂れ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せというものがあります。その意味では、私も50代の皆さんもまだまだこれからだなと思いました」。先人たちの生き様や名言をご自身の人生に生かされている様子は、古いものの中に新しさを見出される森岡さんらしいです。

「では一冊、小澤征爾さんの著書『僕の音楽武者修行』(新潮文庫)という本をおすすめさせていただきます。“外国の音楽をやるためには、その音楽の生まれた土地、そこに住んでいる人間をじかに知りたい”と思った24歳の小澤征爾さんがスクーターでヨーロッパ一人旅に向かった武者修行が書かれた自伝です。いつでも破天荒で現状を突破していく姿には、前向きに突き進んでいく素晴らしさを思い出させてくれます」。強い意思と行動力・実行力、そして開拓者精神が伝わり、読んでいて爽快な気分になる本です」。

 

さまざまなプロジェクトに参画し、多忙を極める森岡さんですがこれからチャレンジされたいことは何でしょうか。「今の仕事はずっと続けていきたいと思っています。そして、新型コロナが落ち着いたら美術館を作りたいと思っています。
工芸が好きなのですが、工芸の現代版として今後継続していけるものを想定しています。確かな審美眼を持つ今活躍している人が実際に使っているものからその時代の空気感が見えてくるようなものを展示したいと思っています。モノと同時に思い出も可視化することでサステナブルな視点も入ってきます」。

古いものや骨董が幼い頃から好きだったとおっしゃる森岡さんは切手収集から始まり、大人になってからは古雑誌、古道具に に惹かれていったそうです。工芸展の企画をされることもあります。「靴やかばんの経年変化とか面白いので そのような物の 経年変化などを展示しても面白いと思います」。

そして、大の洋服好きとしても知られている森岡さんですが「山形の高校生の時はネットがない時代なので地元で買えるものは限られていました。そこで、仙台まで古着を買いに行き、買った服を山形に持ち帰り、身支度をしてから渋谷に行くという力の入れようでした。当時はファッション誌を熟読していて、特にデニムディテールの解説を見るのが好きでした。今は、ファッションは部族的な要素が多いなと思っています。今日着ているようなきちんとしたスーツで企業や官公庁へはプレゼンに行きますし、普段の雑誌の企画や商品開発などはカジュアルな服装だと良いアイデアが生まれそうです。シーンに合わせて服を変えられるのが 楽しいですし、好きです」。

 

一期一会

スポーツ好きでもあり、学生時代はバスケットボールのマイケル・ジョーダンが好きで、スキンヘッドにした理由の一つも彼への憧れから、とのこと。現在では水泳やバランスボールを楽しまれているそうです。そんな森岡さんが普段のライフスタイルで大切にしていることとは。
「茅場町で店舗を始めたばかりの時、立ち行かない時期がありましたが、店での人との出会いがいまの自分を支えてくれています。そこで、一期一会を大切にしようという感覚が強くなりました。今ではさらに、お店に来ていただいた方と話をすることで、何かそこから生まれてくるものはあるという思いは大切にしています」。
森岡さんのお話には、偶然お話をした人から何かが始まるというエピソードがたくさんありますが、銀座店オープン前日の奇跡のような出会いには驚くばかりです。「オープン前日に、届いたアンティークの棚を店に入れてみたところ、想像したよりも高さがあって空間を圧迫していました。どうしよう困ったなと軒先で困っていた時に、偶然通りがかった男性が“どうしましたか?”と聞いてきたので話をしたところ、“この棚あと2段切ればいいね。私それ切れますよ”とおっしゃるのです。その方は実は建築士であり家具職人さんだったのです。縦横斜め挽きというノコギリを指定されたので急いで買ってきて渡したら、まるで石川五右衛門が切る感じで一瞬にしてスパッと切っていただいて。それが今店のカウンターになっている棚です」。

偶然出会った人、店のお客さん、仕事仲間など人との一期一会を大切にしてきたらこそ森岡書店が出来上がったのだと話を続けられます。「オープンまで準備期間がなくてギリギリでしたが、その時にいただいたご縁が店を成り立たせています。主に私が運営など行っていますけれど、黒澤明さんがかつて“いい映画は作るものではなく、なるものだ”とおっしゃっていましたが、今になってその言葉を実感しました。なったなと。さまざまな人の協力と感性が伴って森岡書店がなった(生まれた)のだと感じています」。

 

自分自身の知らなかった部分に気づかされる

スポーツがお好きな森岡さんは、食への関心もおありだとか。「心身の健康のためには運動が大切なのと同時に、何を食べているかが大切です。食べているものが体を作って、その体から気持ちが出ていると思うので大切にしています。対談などさせていただく機会が多いのですが、アーティストの方には何をよく食べていますか?と質問することが多いです。アーティストによって好んで食べるものは個性豊かで面白いですよ。豆腐ばかり食べるとか、めんつゆとか。ある方はドイツ留学時代にめんつゆを飲んで独自の世界を作っていたと聞きました。そして、私は栗をよく食べています。天津甘栗などの栗を食べています。あとは寿司ですね」。

森岡さんにとって、本物で一流のもの、と想像するとどのようなことが連想されるのでしょうか。「“一流のものはタダでしか手に入らないのよ”とある方に教えていただいたことがあって、その言葉をいつも考えています。はっきりとは分かりませんがそれは親が子にするようなことなのかなと今は思っています。また、神保町時代にお世話になったお隣の店の方には“大切な言葉は小学校の体育館に貼られていたことだよ”と教えていただきました。例えば、よく聞いてよく考える子、あいさつをしよう、たくましく元気に、などは勉強しても身につかないから貼ってあるんだと言われました。そういうことも大切だなと思っています」。

年齢を重ねると、いかに新たな価値観を入れて柔軟な姿勢でいられるかがその後の人生を豊かにするかを左右します。常に好奇心子旺盛で、周囲からポジティブな影響を受けていらっしゃる森岡さんはどのように新しい感覚を取り入れて常にフレッシュでいられるのでしょうか。

「現在、さまざまな仕事をさせていただいています。書棚のプロデュース、ホテルラウンジの企画、ファッション、大学の祝辞など異なる角度から自分自身の知らなかった部分に気づかされることがあります。私は、閉ざして自分の世界観を極めるよりも、開いて面白いところを周りの方々からのばしていただいているのだと思います」。
常に柔軟に周りの意見や情報を吸収しながら、その上でご自身の考えを発信される。内にある魅力を周囲に引き出されることを怖がらない、というしなやかな強さをお持ちなのでしょう。

「古いものの中に新しさを感じた時にこそ、一番新しさを感じる」とおっしゃった森岡さんの言葉の中に、森岡書店の小さな空間に光るワクワクする世界の秘密が詰まっているようです。

 

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森岡書店 ・ 店主

森岡 督行(もりおか よしゆき)

1974年生まれ。著書に『荒野の古本屋』(晶文社)、『BOOKS ON JAPAN 1931-1972』(ビー・エヌ・エヌ新社)などがある。企画協力した展覧会に「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「畏敬と工芸」(山形ビエンナーレ)などがある。近年は洋服などのプロデュースを手がけることも多い。株式会社森岡書店代表。『工芸青花』(新潮社)編集委員でもある。