SIXIÈME GINZA MAGAZINE 018

ベーシックであるために、進化する

Interview with Kazumi Kobayashi

シンプルでベーシックであること。簡単なようでいて、最もセンスが問われます。今回は、上質で着心地の良い大人の日常着を提案するLe pivotのディレクター、小林一美さんにお話をお伺いました。そこにはSIXIÈME GINZAが大切にしている考え方に通ずるヒントが多く散りばめられていました。

 

着こなしのさじ加減は母から教わった

「ちょっとだけかわいくする」というのがファッションポリシーだったというお母さまのもとで育った小林さんの幼少期は、白やネイビー、グレーを基調にシャツはボタンダウンといったアイビースタイルでした。そんな中にも、ひとつだけボタンを赤に変えてもらったり、レースの襟のブラウスをグレーのニットの外に出すなど、ベーシックの中に少しのかわいらしさを加えるセンスの良さは、お母さまからの影響も大きいようです。それまでは小林さんが着る服は毎日お母さまが決めていたそうですが、小学5年生のある日、突然明日から自分で決めるよう言われ、はじめてワードローブにある洋服と向き合うことになりました。このキッカケがのちに服づくりを生業とするようになった小林さんの原体験となったそうです。「もう手元にないのですが、大枚をはたいてでもいま一番手に入れたいサンプルは、母が昔つくってくれた金色のボタンに大きめの襟がついた、お気に入りだったグリーンのオーバーコートです」。

「ちょっとだけかわいくする」のさじ加減は、たくさんのものの中からお買いものをする時、思わず心動かされてしまうものとの出会いにスイッチを入れてくれます。「こんなところに小さなボタンが」「隠れたところにこんな色が」「隅っこにちいさなマークが」など、センスあるデザインの力はSIXIÈME世代の感性に語りかけてくることでしょう。

北海道帯広市の十勝地方出身の小林さんは、自らをニュートラルに戻すため、年に一度は必ず帰省しています。寒暖差のはげしい地域ならではの澄み渡る青空が広がる、十勝平野の広大な光景や、辺り一面真っ白な雪で覆われた道端で顔を覗かせる緑の新芽のコントラスト。ミッドナイトブルーの空に輝く星の美しさ。これらは小林さんがものづくりをする際に色出しのリソースになったり、インスパイアしてくれる存在でもあります。

開拓文化を身近に感じながら育った小林さんは、古いものにあこがれがあると言います。「パリに行った時に、大切なものを継承していくことの素晴らしさや、変わらないことの強さ、そこから優しさみたいなものを感じました。変わらないでいられる強さの傍らには、バランスとしてひとに優しくできる強さも持ち合わせていること。それが本物の強さなのだと思いました」。このエッセンスが、Le pivotのコンセプトに通ずる「世の中が変わっても変わらぬ自分をゆだねることができる、軸になる服」をつくりたいという想いへと繋がっていったのかもしれません。

 

 

ひとり一人の日常に寄り添うリアルクローズ

小林さんが最も大切にしているのは肌ざわりのよい素材。一回の展示会で1000点以上もの素材に触れます。秋冬の生地の展示会は、夏物のデザインを考えている時だったりするので、何をつくりたいかなんて考えられないまっさらな状態。ピックアップしたものをのちに資料として手にし、時間を経て俯瞰で見ると、何か共通する一本の線が見えてきて、こんなことが気になっているのだと、あとから気づいたりもするそうです。小林さんのものづくりの最大の特徴は「生地との対話」。手にした生地からヒントを得るため、語りかけるように生地に触れながらその応えを探っていきます。目と目が合うみたいにピンとくるものもあれば、どんなに触れ続けてもまったく語ってもらえない日もあります。過去には、忙しないスケジュールの合間を縫って生地選びに行ったら、まったく生地と語り合うことができず、余裕がない時にこういう大切なことを決めようとしてはいけないのだと反省。それ以来、忙しさの延長でスケジュールを組まないようにして、生地の展示会の前日にはきちんと時間をとり、コーヒーを丁寧に淹れて飲んだりしながら、家でゆったりと過ごすように心がけているのだそうです。

「何をつくるか考える時は、ずっと生地を触っています。その素材が何になりたいのかを生地に問いかけ、語ってくれるまでじっと待ちます。ちょっと教えてくれればいいのに、結構無口なんですよ(笑)。たとえば、ドレープ感が美しい生地にドレープを施してみたら、生地とデザインがぴたりと合ったとします。すると、素材からも“やるじゃん”って言われたような気がしたり。このプロセスがつくっていて一番楽しいんですよね」。また、素材そのものにもどんどん変更や改良を依頼します。もう少し編み方の密度を緩めにしたほうがいいと思ったら、次のシーズンに向けて生地そのものの糸をほかの糸に変えてもらったり、打ち込み本数を足したり減らしたりして調整をしてもらうなど、機屋さんや生地屋さんと掛け合います。小林さんは現場主義。昔から現場に行くのが好きで、現場で生地のことを教わってきました。縫製工場などでも職人さんたちと話し、自分がオーダーした生地が縫いづらかったりする場合には、その場ですぐにデザインを変更するなど、デザイナーであれば躊躇してしまうことも、抵抗なく修正をかけていきます。それはすべて「長く着て欲しい」と思えばこそ。これは生産側で負担なくつくり続けられることも、大切な条件だと考えているからなのです。

ひとり一人の日常に寄り添えるリアルクローズを追求する小林さんにとって、日常の暮らしはアイディアの宝庫。料理をつくるとき、映画を観に行くときなど、日常の何気ない行動や些細な仕草のなかにヒントがたくさん隠されています。たとえば、お芝居を観にいって、ゆとり部分がもうちょっとあると楽だなと感じたり、アームが狭いものをつくった時に、つり革に捕まると腕が挙げづらかったという実体験を、次のデザインに活かします。Le pivotのコンセプトにある「軸になる服」というのは、どんな方の日常にも寄り添える服でありたいという意図からです。日常の些細な場面を思い浮かべたり、そこで気づいたことは軌道修正をして、より日常に根ざしたリアルクローズは、できているのです。

 

 

着心地の良さを追求した先に見える景色

「心地よさに寄り添える服をデザインする時に、一番心がけていること。それは、お客さまが試着された時に、気持ちが高揚してもらえる服をつくること。体型も髪の色も肌の色も年齢も異なる方がお召しになるのですが、いつもよりちょっと細く見えたり、顔映りが良く見えるとか、ご自身のワードローブに合うみたいなことが発見できると、頬がぽっとピンクになったり、表情が明るくなってお帰りになるんですよね。その時の表情は本当に可愛らしいんですよ。女性は歳を重ねても変わらずに気持ちを高揚させることができるのですね。そんな場面に出会うと、あー、これがやりたくて服をつくっているんだなと、改めて思ったりします」。

自分の身なりを整えておしゃれをすることは、自分のためでありながら、結果、周りのためにもなっていると話す、小林さん。素材をこよなく愛する小林さんが、肌に心地よい服をつくれば、着ているひとが一日気持ちよく過ごすことができて、家族や同僚にも優しく接することができる。すると、その先にいるひとたちもそれぞれの環境でがんばれたりと、小さなことの積み重ねで優しい気持ちに包まれれば、少しでも世の中のためになれるかなと思うようになりました。

着心地の良さを追求することは、長く大切に着てもらう服をつくることにもつながります。次から次へと買い替えるのではなく、ワードローブに買い足して行くという感覚。お気に入りの一枚があったら、色違いを買うという感覚が、小林さんはとても好きだそうです。「ジョン・レノンが靴を買う時に、ひとたび気に入ると同じものを20足買うというエピソードがあって、一見同じものを買うのはもったいないように感じられるかもしれませんが、頻度で考えたら、気に入っているものは何回も出番が来るので、全然マイナスな買いものではないと思うんです。わたしがデザインする服はベーシックなので、カラーバリエーションを考える時、白いものを買うつもりだったけど、濃い色のものも欲しいな、みたいに思ってもらえたら嬉しいなと思ってデザインしています。リアルクローズユーザーにとっても無理のない金額で、もう一枚色違いでお買い求めいただける価格帯に設定しようと思うと、こちらも努力をしないと実現できません。よく安すぎるのでは? とご意見をいただくこともあるのですが、そこは曲げられないわたしの信念のひとつです。世の中の女性が美しくあることは、周りをハッピーにするし、世の中のためになると信じているから」。

そんな小林さんが暮らしの中で大切にしている習慣は、月のバイオリズム。30代の頃に読んだ『月のリズムで暮らす本』に出会ってから、新しいお財布を買ったら新月から使うとか、ジュエリーを満月の光りに当てて浄化させるなど、月のリズムを意識してみたらとても気持ちがよかったそうで、それ以来、欠かせないものになりました。また、空を見上げてはその美しさに心が洗われたり、季節の花をお気に入りの花瓶にさっと挿したり。お花屋さんに行く時間がない時は、スーパーでまとめて売っている花をバラして一輪ずつ飾れば雰囲気も変わっておすすめだそうです。



歳を重ねることで変わったことと、変わらないことを伺ってみました。「ファッションの好みは中学生くらいからあまり変わっていないと思います。若い頃は流行を取り入れたこともありますけれど、変わらず白いブラウスが好きですし、「ちょっとだけかわいくする」という母からの教えはいまも守っています。 20〜30代は欲しいと思って買ってみては失敗もしましたし、散財もしました(笑)。でも、失敗したほうがよいと思っています。そうしないと自分になにが合うのかわからない。ベーシックなものって、進化していかないと古くさく見えてしまうんですね。その部分は、意識的にいろいろなヒントを吸収するようにして、デザインに反映させていると思います。たとえば、サイズ取りなどは、同じデザインのパンツでサイズ感が違うものをサンプルアップして実験してみたりもします」。SIXIÈME GINZAのコンセプトである[上質][本質][一流]というキーワードから感じることは、3つに共通している「本物であること」だと語る、小林さん。特に[本質]は、ものには軸を感じるし、ひとには品格を感じると話してくださいました。

そして最後に、SIXIÈME世代にとって灯火親しむ秋に、読書家の小林さんにおすすめの本を聞いてみました。「山岡荘八の『徳川家康』全26巻です。全部読み終わるのに半年くらいかかりましたし、家康が生まれるまでに3巻くらい読まなきゃいけないんですけど(笑)、そこから人生を学びました。ファッションには流行りがあるので、歴史のように変わらないものに魅かれるのかもしれません。でも、変わらずにいることで過去のものになってしまうものには興味が持てなくて、自然に順応して生き残っていける草花のほうが素晴らしいと思ったりもします。だから、わたしが目指す服づくりも、ベーシックなものだけど進化し続けているものをつくっていきたいと思います」。

小林さんのやわらかな語り口から伝わるのは、凛とした生き方と高いプロ意識、感性の豊かさ。SIXIÈMEのお客さまである大人の女性が、Le pivotを試着して、驚きや感動でワクワクされる様子や、大人買いをされるリピーターの存在には、ものづくりのプロの技と情熱に学び、共感するばかりです。SIXIÈME GINZAも、大人の女性の日常の暮らしのリアリティに寄り添い、気持ちが高揚するような良きものとの出会いの場となりますよう。

 

Le pivot

小林 一美(こばやし かずみ)

「Le pivot(ル・ピボット)」デザイナー。20代よりデザイナーとして活躍し、12年に表参道の裏通りに自身のブランド「ル・ピボット」のオフィス兼ショップを構える。