SIXIÈME GINZA MAGAZINE 037

しなくていい苦労はしないで、
質の高い仕事を楽にこなそう

Interview with Noriko S.I

各方面でご活躍されているSIXIÈME GINZA世代の方々をお招きし、これまでの生き方、仕事に対する姿勢やマインドなどをお話しいただくこのコーナー。今回は、ファッション好きな大人の女性たちの間で噂のブランド「COGTHEBIGSMOKE(コグ ザ ビッグスモーク)」ディレクターのNORIKOさんにお話を伺いました。ロンドン在住のNORIKOさんと、ロンドン時間10:00、東京時間19:00にzoomでお会いしました。

家でくつろぐ時にも着られて、靴を履き替えてアクセサリーをプラスしたら素敵なレストランに直行できる服。ほとんどがジャージー素材のため洗濯などのケアも簡単。ワンサイズなのに、どんな体型の人にも、誰にでも似合うように作られている……そんな、多くの女性の夢を叶えてくれるCOGTHEBIGSMOKEの服はどうやって生まれたのでしょうか。バイヤー、ディレクターとして日本のファッション業界で長年ご活躍した後、現在はロンドンを拠点に活動されているNORIKOさん。イギリスでの心豊かな生活の中で見えてきた理想の服は、ブランドコンセプトである"Less Is More"を表すものでした。幸せな働き方、日常の生活を楽しむためのヒントがNORIKOさんの話す言葉に散りばめられています。

 

テーマもシーンもいらない
ナチュラルに、欲しいものを作る

ディレクター、デザイナー、バイヤーとしてファッション業界で長年ご活躍されてきたNORIKOさん。某ブランドの名定番と呼ばれるアイテムを次々と手掛けられてきました。
「子供の頃から洋服の絵ばかり描いていて、どのような仕事かを知らないうちからデザイナーになりたいと言っていたようです。服飾の勉強をして、卒業後は日本のセレクトショップでデザイナーの仕事をすることになりました。あるブランドの全アイテムを担当し、ブランドの世界観を作る上で必要なプロダクトを集めるバイヤーとしての役割もこなすようになりました。ちょうどその頃海外に住みたいなと思い、ご縁があったイギリスへの移住を決めました。バイイングの仕事はヨーロッパが中心だったので、拠点をロンドンに移してからも運良く日本の会社と契約を続けることができました」。

ロンドンでの仕事に誘われてイギリスに移り、さらにご縁がNORIKOさんを導いていったそうです。「自分で動いたというよりは、流れに身を任せたらここにいたという感じなのです」。

「もともとロンドンへの憧れはなく、イギリスの暗い雰囲気があまり好きではなかったのです。それが、期待値の低さがよかったのか、ここに来てすぐに好きになり、今では本当にイギリスが大好きです。経済的に住めるのかどうかも考えずに来てしまって、最初の頃は週1~2回しか仕事せずほぼ遊んでいたので、このまま社会復帰できないのではないかと心配になるほどでした。その後イギリスの老舗ブランドと契約して、クリエイティブディレクターとして商品構成を考えたり、デザインチームの統括をしたりしていました」。

2019年に誕生したCOGTHEBIGSMOKE は"Less Is More"をキーワードに「シーズンレス」「エフォートレス」「トレンドレス」「シーンレス」「エイジレス」「サイズレス」な服を提案されています。コレクションは春夏や秋冬のシーズンで分けず、1から通し番号で更新され、その番号はブランドアイコンでもある背中の黒ラベルの片隅に記されています。

「ブランド立ち上げ当初のコンセプトは、出張の際に機内で着る服。機内で着た楽ちんな服にアクセサリーや靴を替えればそのままショーや展示会に行けるような服が理想でした。現地に着いたら直行で展示会に行き、さらに夜のディナーにも行けるような服が欲しかったのです」。 ブランド名にあるCOGとは、クマのぬいぐるみはNORIKOさんがいつも旅を共にするクマのぬいぐるみ「COG(こぐまのコグ)」とロンドンを意味する「THE BIG SMOKE」を繋げた名前になっています。

 

 

COGTHEBIGSMOKEは、元同僚との会話がきっかけとなって誕生したそうです。クリエイターであれば誰しもが感じる葛藤である、自分たちが本当にいいと思って作りたいものと、トレンド、売上、会社や業界の方針とのギャップ。日常のあれこれをお気に入りのパブでジントニックを飲みながらおしゃべりしていたそうです。「友達がロンドンに滞在していた時に、パブで日頃の鬱憤を話していました。会社にはこのアイテムの袖はもう少し小さく、とか丈を短く、など細かな修正を常に求められて不本意ではないモノづくりをすることも多々あります。自分たちはこのバランスの方が絶対に可愛いと思っていても企業の中では様々な制約があり、自由に作れないこともありました。それでは、自分たちで作ってしまおう!という流れになったのです。こんなふうにしてサイズは1つで、テーマもなくて、と盛り上がりました。立ち上げ資金は捨てたと思って始めて、もし売れたらみんなでサンプルを分けっこして終わりましょうというノリで始まったのです」。

それが、展示会を開くとたちまちファッション業界の目利きたちが虜になり、話題のブランドになりました。誰も呼んでいなかったバイヤーたちは、あのNORIKOさんがブランドを立ち上げると噂を聞いて続々と訪れてきたそうです。

SIXIÈME GINZAのMDディレクターを務める笠原安代はデビュー時の印象をこう語ります。「新鮮だったのは、ワンサイズでジャージー素材のアイテムしか作っていないということです。サイズも、布帛素材も、シーズンテーマもなし。レディースのブランドで定番だけに特化しているところも斬新でした。私たちはこれしかやらない、ということを決めて、いろんな人にいい顔をしない。それがレディースのブランドでは珍しく、衝撃的でした。けれど、その方が自分も含めてシジェーム ギンザのお客様に素直にフィットすると直感し、Less is moreというコンセプトの新鮮さが心に刺さりました。今となっては先を読んでいらしたのかなと感じています」。

 

定番ものだけ、全アイテム1サイズ、ジャージー素材だけ。小さい人も大きい人でもそれぞれのバランスで似合うサイズ感。削ぎ落として限定したことでかえって制約がなくなり、包容力のある服になっているのです。 「欲しくて着たいものは、テーマではなく気分なのです。テーマのためのいらないモノ作りは嫌になってしまいました。今は純粋に、ナチュラルに欲しいものを作っているだけです。何歳になったからラフなジャージーを着たくなくなる、ということはないし、もし3年後に飽きて着なかった服があったとしても、5年後にはまた着たくなるかもしれない。いつ見ても古さを感じさせたくないので、商品に年号は付けず、タグにはそのモデルがデビューしたコレクションのナンバーを付けることにしました。おやすみしてまた帰ってきましたよ、という感じで昔作ったコレクションも復活させます。欲しくなったら同じモノや色違いのモノをまた買えるというのは素敵なことだと思います。試着した後にサイズがないと知ると、みなさんが喜んでくださいますよ。シルエットが着る人ごとに違っても、それが素敵であれば良いのです。どのサイズが正解か迷わなくて済むのですから」とNORIKOさん。 「今まで自分がデザイナーの仕事をしてきて、本意ではないのに苦しんできたことを全てやめてみた結果なのです。毎シーズンテーマを設け、次々と新しいアイテムを作ることに疑問を感じていたからこそ生まれたのが、COGTHEBIGSMOKEです」。

コロナ禍でリモートワークも広がり、社会とプライベートの垣根が曖昧になってきた今、私たちに必要な日常のスタンダードファッションとは何でしょうか。 「全ての場面に対応できて、人に会う時もある程度きれいに見える服が今のスタンダードだと思います。お出かけのためだけの洋服や靴がなくなりつつあります。ハイブランドもスニーカーが増え、よりカジュアルになって来ています。ドレスアップしたい気分の時でも、ピカピカのヒールではなく、カジュアルな靴を合わせるようなスタイルの方がこなれていて、今の時代に合ったスタンダードだと思います」。

 

豊かな自然、大切にしたい自分の時間

ため息が出るほど緑美しいガーデン、一つ一つを大切に選んだセンス溢れるインテリア、愛くるしい猫ちゃん、そしてお気に入りの自然豊かな公園。NORIKOさんのロンドンでの生活を取り巻く景色は、ゆったりとした大らかな美しさで溢れています。東京からロンドンに拠点を移してからは、「毎日が充実している」「自分の好きなものだけに集中できるようになりました」と話すNORIKOさんが作り出す服は、女性のあらゆるシーンを包み込んでくれる着心地ラクなお洒落服。心満たされた生活の中だからこそ、女性のリアルに寄り添った服が生まれているのでしょう。

ロンドンを拠点にすることで、気持ちに大きな変化があったそうです。
「東京だと、美味しいお店に行くか、お買い物するという楽しみしか自分にはないように感じています。けれど、ロンドンにいるとお買い物への興味が湧かないのです。それは、日常が充実しているからなのです。東京で一日中家にいると、今日も何もせず家にいてしまったと少し罪悪感のようなものがありました。それがロンドンにいると全く逆で、家に一日中いて庭のお手入れもしたし充実した日だったなという気持ちになれるのです。一日中仕事をすると、ああずっと仕事ばかりしてしまったと気分が落ちるような感じで。これは、環境による変化なのだと思います」。

自然豊かな環境で、心も満たされた日々。NORIKOさんのご自宅はロンドンの中心部から約1時間、グリニッジから南に20分ほど行ったところ。ご自宅の裏には庭があり、夏には1日のほとんどを外で過ごすそうです。

「夏は外用のテラスをリビングにして生活しています。休日は、公園のカフェでコーヒーを買って芝生でゴロゴロしながら過ごして、散歩しながら家に帰ってくる。それだけで、すごく充実した気持ちになれます。街にも緑が多く、誰もがお気に入りの公園があります。今週は仕事しすぎてしまったから週末はnature fix(自然のパワーをもらう)しに公園に行ってくるという会話にもなるほど、自然と触れることが当たり前のことだとされています。ロンドンでは1日にひと仕事。朝8時に明るくなって夕方4時には薄暗いので、1日に2つのことは出来ません。夏は夜の10時まで明るいので皆さんの目の輝きが違います。皆さん必ず5時で仕事を終えるので、5時からはプライベートな時間を楽しみます」。

 

イギリス人に学んだ、働き方、暮らしの楽しみ方

NORIKOさんがイギリスに来て一番驚いた事は、「会社が社員の個人の権利(休暇・宗教行事・家族の祝事など)を優先する事です。まず年の始めに自分の休暇やホリデーを決め、それに合わせて私生活第一に仕事の予定を組んでいます。定期的にデッドライン(ホリデー)が決まっているので、真剣に期限を守って働きます。皆が都合を優先してもらっているので、同僚が休むことに文句を言う仲間などいません。各自が自分の都合に合わせて仕事を効率的に進め、お互いの都合の良い時にコミュニケーションを取ります。それも、LINEやzoomなどを使って。新しいテクノロジーはとにかく積極的に取り入れて、いかに楽をして質の高い仕事をするかを考えています。そのように仕事を進めていくと、自分の時間を有意義に使えます」。

誰もが私生活を第一に考え、効率的に質の高い仕事することを評価するイギリス。プライベートを大切にし、自然豊かな環境の中で暮らすようになって、「自分の好きなものだけに集中できるようになりました。精神的に全然違います、日本にいる時と比べて」。というNORIKOさん。

「日本にいると、皆がこれを着ているとか、これが流行っているとか、情報が沢山あるので、それを聞かないでおこう、見ないでおこうと思っても難しいのです。ロンドンにいる今は求めるシルエットを追求し、作るだけ。テーマやシーンは一切考えていません」。

仕事が集中する年2回のコレクションの企画の時期以外では、コロナ以前では年に2回はスペインに2〜3週間出かけ、お気に入りの公園へ行き、パブへ行ったり、庭の手入れをしたりしているそうです。「私の仕事の邪魔をすることが仕事とも言える猫の相手をするのも毎日の楽しみです。そんな私が作っているだけあって、COGTHEBIGSMOKEの服はそのどのシーンでもぴったりマッチします」。

 

どこを見ても美観が守られている

ヨーロッパは町並みに統一感があり、建物が重厚で電線も地中化されて目立ちません。歴史的な景観の保存がなされ、美観を大切にしています。「視覚的に美しくないものを見ることがストレスだった」というNORIKOさん、イギリスに住むことによって心に平穏が訪れたようです。例えば公園もロンドンと日本では違います。「ロンドンには視覚的暴力が少ないのです。私が呼ぶ視覚的暴力というのは、例えば日本のお花見シーズンに広げられたブルーシートや提灯など、全体のバランスを阻害するような色や素材の、視覚的に美しくないもののことです。イギリスの公園では、見えるものが全て自然に馴染むように工夫がされています。日本のように、プラスチックの派手な色や食べ物を宣伝する旗はありません。私の場合は、目に入ってくるものによって、心地よいかそうでないかが決まるので、その点で言うと東京で暮らすのはストレスフルだったのだと思います」。

イギリスの街並みの美しさに心癒され、現在は築100年のイギリス建築の家にお住まいのNORIKOさんは、大学でインテリアデザインの勉強も始められたそうです。
「建築・インテリアデザインというコースを受講しています。イギリス建築に対することを、基礎から学んでいます。今の家を綺麗に改装したいと思い、イギリス建築の細かなルールを学び始めたら、楽しくなってきました。木材のペイント方法や素材の使い分け方などデザインには全てに決まり事があるのです。ラグを置く場所、スタイル(ビクトリアン、ジョージアンなど)を色々知らないことが多いのです。設計図などの図面も作成する授業です。コースが3年で終わるので、その後に家の改装をしたいなと思っています」。

 

ファッションも楽をする事が“悪”ではない時代が来ている

新型コロナウイルスの感染者急増が未だ続く、イギリス。インタビュー後1ヶ月経った今、何度目かのロックダウンを迎えています。「この度のコロナは多くの犠牲をもたらしましたが、これまで根強かった会社の制約が、自然の不可抗力によって大きく変わるきっかけとなっています。あれ、別に会社に行かなくてこの方法でもできるのでは、と皆が気づき始めている。特に日本にとって大きな変化となったのではないかと思っています。それと同様に、ファッションも楽をする事が“悪”ではない時代が来ています。これからのスタンダードとは、“〜でなければならない”から“楽はしても良いのでは?”という方向にシフトしてきています。“楽をする=手抜き”ということではなく、“方法を知っているから質の高い楽ができる”のではないかと思うのです」。

COGTHEBIGSMOKEはコロナ以前から全てをリモートワークで行う少数精鋭のグループだとのことですが、「社訓はブランドのコンセプトのLess is Moreに相通じるものがある“しなくていい苦労はしないで質の高い仕事を楽にこなそう!”です」。

photo by @moriphotography

COGTHEBIGSMOKE デザイナー

NORIKO S. I

16歳のアメリカ⼀⼈旅がきっかけとなり、いつも世界中をボーダーレスに⽣きてきたNORIKO。ファッションの世界に入った後も、国や職域を超えて⾃分の視覚に⼼地良いものだけを⾃由に追い求めてきた。⽇本でデザイナー、バイヤーとして活躍後渡英。あるイギリスのオーセンティックなブランドのデザイナーとしてたどり着いた“⾃分が最も居⼼地良い”と感じる場所LONDONでこれまで想い描いてきた全⽅向への⼼地良さを“LESS”というキーワードで⼀つの形にした。

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