SIXIÈME GINZA MAGAZINE 032

モノの背景にある物語を共有していきたい

Interview with Yasuyo Kasahara and Yasuhiro Sasaki

新型コロナウイルスの世界的な大流行により、人々の生活や価値観は一変しました。外出自粛を機に自宅で過ごす時間も増え、ご自身の心とゆっくり向き合う機会を持たれた方も多いのではないでしょうか。

しばらく休業しておりましたSIXIÈME GINZA も再オープンの運びとなりました。新しいライフスタイルが始まった中で、お店で大切にしていきたいこと、マインドやファッションサイクルがどのように変化していくのか、などについてMDディレクターを務める笠原安代と佐々木康裕が語り合いました。

 

シェアし、共存する世界へ

外出自粛期間のリモートワークを経て、久しぶりに再会したMDディレクターの笠原と佐々木。お互いどのような時間を過ごし、何を感じていたのでしょうか。

「2011年の震災後も今と同じような気持ちになっていたことを思い出しました。9年前の震災は世の中が大きく変わった瞬間でした。よりよい社会を作っていきたい、ファッションのベクトルも変えていきたいと心を新たに歩き始めた瞬間でした。今回のコロナウイルスの感染拡大は、さらに世界規模でパラダイムシフトを加速しているなと感じています。この事態を乗り越えた後は、よりよい世界が築かれていってほしいとさらに強く願うようになりましたし、自分自身もそれに向けて動きたいと考えていました」(佐々木)

「東京に来て20年になりますが、普段から出張や旅が多い生活をしていたので、家でこんなにゆっくりとした時間を過ごすのは初めての経験でした。周囲の生活音を聞き、ご近所と立ち話しをし、周りを散歩して植物の成長を見て、日々の移り変わりを感じる幸せを知りました。本来なら、東京は今ごろオリンピックに向かって勢いづいているはずでしたよね。誰もが想像し得なかった事態に直面して、否応無しに私たちの生活様式は一変しました。けれど私はこの状況の中でも、ネガティブなことだけではなく、ポジティブな側面もあるのではないかと考えるようになりました」(笠原)

二人が一番違和感を覚えたのは、人と接触できなくなることだったそうです。人と人とのコミュニケーションがあってこそのファッションであり、リアル店舗と関わってきた側としては戸惑いもありました。

「もちろん最初はショックでした。特に、人との接触ができない時代が来るとは、予想外のことでした。人々のマインドに変化がある中で、ファッションとはどういうものなのかを改めて提案できるタイミングだと思っています。SIXIÈME GINZAが誕生以来ずっと大切にしていることは、モノを介した時間の過ごし方や、誰かとシェアすることです。50代が求めているのは、所有する贅沢だけではなく、誰かと気持ちを共有することの豊かさです。人との接触を避けなければいけない今だからこそ、心は人と繋がっていたいという気持ちにお応えしていきたいと思っています」(笠原)

「 “共存”はもともとSIXIÈME GINZAの根底にある哲学ですが、これは今の時代のキーワードになりつつあります。時代を象徴する、世代を超えたテーマだと思います」(佐々木)

 

大事なことはモノだけではなく、モノが紡がれた時間や物語

ファッションの分野においても、今まで当然のことと考えられていた認識や価値観が、革命的に変化するアフターコロナの世界。新型コロナウイルスと共に生きる“ウィズコロナ時代”とも言われていますが、そのような新たな世界の中で二人のファッションに対するマインドにはどのような変化があったのでしょうか。

「私は昔からファッション大好きで、ファッションが一番の趣味でした。沢山のモノに囲まれて物質主義的な生活を若い頃からおくり、所有の経験をしてきました。所有することに対するある種の罪悪感を持ちつつ、それでもモノが持つ力もきっとあると信じていました。今回のおうち時間の中で洋服やバッグや靴を整理していた時に気づいたことがあります。それは、自分が大事にしているのはモノそのものではなくて、そのモノの背景にあるストーリーだった、ということです。だからこそ、今は使っていなくても現役でストーリーを作り続けているものは捨てられないのです。バッグやお洋服も、旅での物語、バイヤー時代の思い出、一期一会の出会いを思い起こさせてくれる。だからこそ大切で、捨てられないのだなと実感しました」(笠原)

「洋服を所有すると同時に、そのモノの背景も共に預かっているのだなと感じますよね。それと同時に、対価を払って洋服を得ることによって、クリエイターや生地屋さんや工場さんが動いていくことで社会に還元されています。買った洋服を着ることによって自分も、ある意味変身願望を叶えて元気になります。デザイナー達も今、社会の循環の中で自分たちに何ができるのかを考えていますよね」(佐々木)

 

「私の好きなことは読書、ファッション、旅。その3つに共通することは、全て所有しているようで所有していない、ということだと気がつきました。本を買うことは作家の創作活動への対価であり、服への対価は創造性と制作過程へのリスペクトの表れで、支払われたお金でクリエイターたちは次の創作活動ができる。旅先でお金を使うのは、旅に関わってくれた人に対してのありがとうという気持ち。その対価は彼らの生きるパワーに繋がる。そういった、モノとして目に映るものの裏に大切なものが隠れています。ほんとうに大切なものは、実はそんなに多くない。私だけではなく、きっと全世界の人たちがいまそれを、身体全体で感じているのではないでしょうか」(笠原)

「笠原さんに負けず劣らず、我が家にもモノが溢れています。服はもちろん、私の場合は仕事柄、さらに食器や雑貨も多い。リビングには大きなキャビネットが2つあって、1つのキャビネットにはストーリーがあって出会った時のシーンを思い起こすような食器類を並べています。そちらは何度整理しても思い出がいっぱいで捨てらないものばかり。けれど、片方のキャビネットにはモノとしての価値は高いけれど自分の思い出と繋がる物語はない。だから、断捨離すると決めた時には、後者のキャビネットの中のモノを処分することが自然と多くなります。モノはモノなのですが、それを持つことによって自分が豊かになれるかどうか、が大切です。外に対する顕示欲ではなくて自分の心の内面に訴えかけるものが求められているのではないでしょうか」(佐々木)

「そうですね、外に対する顕示欲ではなくて自分の心に響くものこそが、豊かさを教えてくれます。目に見えないところに大切なものが隠れていますね。それこそが真のラグジュアリーだと思います」(笠原)

「一昔前にはラグジュアリーという言葉にはギラッとした派手なイメージがありました。それが2011年以降はラグジュアリーの中身が変わってきました。さらに今、アフターコロナの時代においては見えない幸福感、豊かな心を持つことがラグジュアリーなことなのでは、と感じています。物質資本主義から精神資本主義に変化していると言われているように、今までは経済優先ですごいスピードで疾走してきた中で、一度立ち止まってみようというタイミングに来ました。自分にとって何が大切なんだろう、と振り返って考える大切な時ですね」(佐々木)

 

リアル店舗は着心地だけでなく“気”心地を体感できる場所

「人との接触を減らす必要性がある今、テクノロジーの進歩でリモートワークがスムーズに実現できています。ミーティングもビデオ会議で問題なくこなせて便利ですが、画面越しだと無駄話ができないですよね。Zoomだと必要な議題についてだけを話して、効率的に会議が終わる。でも、こうやって実際にお会いして話すと、話題があっちこっちに飛んで脱線したりします。それが面白いし、大事なことだと思うのです。人と人とのコミュニケーションで生まれる予定調和ではない余白の部分にこそ、魅力が溢れている。それが必要ないなら、何でもオンラインで済んでしまいますし、買い物もネットだけになってしまいます」(佐々木)

「今まで私は、ネットで嗜好品や服を買ったことがありませんでした。今回初めてネットでの買い物に挑戦しましたが、それは応援したいデザイナーが動画とともに自分の作品について熱く語っているサイトを見て、その気持ちに賛同したからなのです。通常のオンラインショッピングでは、予算、アイテム、ブランド名、などのキーワードを絞り込んで目的の商品に最短で辿り着きます。けれど、人間はキーワード以外の、文字では表せない何かに心を揺さぶられることが多いのです。それは肌触りや香り、さらに店名の由来でもある第六感(SIXIÈME=6つめの)に訴えるものが響くのだと思います。好きなものに囲まれているのは気持ちがいい。そいういうことをアドバイスして、好きなものに囲まれて生活する幸せを伝える店でありたいです」(笠原)

「これからのリアル店舗の意味合いは、生の声で共有していけるかどうか。心に響く部分が見つかる場所であることを大事にしたいですね」(佐々木)

「触ることが出来ない今、私たちは視覚に頼っています。会議もオンライン、ネットも目で見るものです。でも、実際それだけでは何も伝えきれないなと思います。店舗では、目に見えないことを伝えることにこだわりたい。コミュニケーションの質が変わったことで、より本質に心惹かれる、ということに気付かされました。洋服は着心地が大切ですが、さらに気持ちにフィットする“気心地”が求められています。SIXIÈME GINZAでは、気心地を様々なモノを通して感じていただきたい。例えば袖を通した時に表情がほぐれるような心地よさ、ヒールを履いて背筋が伸びるシャキッとした気持ち、食器を持った時にクスッと笑って楽しくなるイラストのように。そんな、毎日を幸せな気分にするモノを提案していきたいです」(笠原)

変わりゆくファッションサイクル

コロナウィルス影響下でのファッションショーの中止や展示会の自粛は、従来のファッション業界のサイクルや情報の発信方法を強制的に変化させています。半年ごとに移り変わっていたファッションの価値観や意味合いが大きく代わりました。サステナブルな流れが引き続き加速する中、さらにこれから求められることとは?

「SIXIÈME GINZAはトレンドとは異なる切り口で、シーズンごとのテーマを決めています。これからは何に価値があるのだろう?と考えながら世界の都市を歩きながら模索しています。アフターコロナの社会では従来ファッション業界がとらわれていた常識から自らを解き放す時代なのではないかと思っています」(笠原)

「そうですね。今まで、洋服は半年でリセットするという流れでした。6ヶ月おきにトレンドが移り変わり、次々と新作が発表されるというスピード感でした。個人的な認識なのですが、メンズは多く売れることよりも長く売れる=ロングセラーであることを良いことだと評価するところがありますが、レディースの場合はシーズンで爆発的にヒットするトレンドが重要視されているように感じます。今後はどう捉えていくのでしょうか」(佐々木)

「デザイナーのアルマーニさんが“スローダウンしましょう”とおっしゃったのが印象に残っています。年内はコレクション発表せず、来年の1月から再スタートを切ると宣言しています。また、そんなに細かくファッションサイクルを次々と新しいものにすべきではないとクリエイター達も言っています。春、クルーズ、夏、秋、プレフォール、冬…とシーズンを超細分化し、その都度ヒットを作らなくてはいけない。一体誰のためなのでしょう。今一度、スローダウンするタイミングなのだと思います」(笠原)

目まぐるしく変わるトレンドはスローダウンし、サイクルを緩やかにしつつも本当に良いものは提案していきたいと続きます。

「スタンダードなアイテムはアップデートしながら長く継続して置いていきたいです。そして、時代の空気を感じさせるようなデザイナー達が作る新鮮なクリエイションはしっかりと受け止めて提案していきたい。こういうご時世だからといってフレッシュなものを置かないというわけではありません。新しい美をもたらしてくれるものを、お客様とシェアしていきたいです」(笠原)

「スタッフがクリエイションを理解して、お客様に対してモノの背景にある創造性やストーリーをお伝えしながら売る店でありたいですね。これからは、デザイナー達もアイテム点数を減らしてこだわって服を作っていくようです。サステナブルに、魂のあるものを提案していくことが主流になっていくでしょう。長く愛せるものを提案することは、店ができるサステナブルなことだと思います」(佐々木)

シーンとシーズンの垣根を超えたスタイリング

「また、スタイリングも大切になってきます。大人は、自分の持っているアイテムに今シーズンの空気を少しプラスすることによって変化を楽しみます。これは、お店のスタッフとお客様との生の会話があってしか実現できないことであり、リアル店舗でしか体験できないことです。いくら技術が発展しても、お客様の自前のアイテムに店のアイテムを合わせてご提案する、そこまではオンラインではできません」(佐々木)

「アフターコロナの世界になって、シーズンの区分けがさらに曖昧になってきました。これからは、ファッションのシーズンをリミックスした提案をしてみたいと思っています。夏のサンダルにタイツを合わせたり、コットンTシャツの上に厚手のコートを着たり。私たちお店側は、ファッション業界のサイクルに縛られてシーズンごとに商品展開していましたが、実はお客様の方は気温や気分に合わせて自由にシーズンミックスを楽しまれていました。夏に〇〇はおかしい、冬に〇〇は売れないはず、という業界が囚われていた古い規定を外してリセットしていきたいなと思います。理想はヴィンテージショップみたいなお店です。最新コレクションの隣に古いものがあり、シーンやシーズンの垣根を超えた提案です。いいものは古びないのですから」(笠原)

「ライフスタイルや雑貨を取り揃えたCOZYのコーナーを変えていきたいなと思います。本当のラグジュアリーとは、外に見えない部分です。アフターコロナの日常を考えると、家でのテレワークも普通のことになりました。週末の過ごし方にも変化があると思います。現在は香りを中心とした提案をしていますが、さらに家での充実した時間の過ごし方を広い世代の方々に紹介していきたいです」(佐々木)

「今までもニットやジャージ、スニーカーなど贅沢な日常着がお客様に支持いただいてきました。さらにこれからは、旅にも使えるけれど、仕事にも行ける、という風にゆるやかにシーンを行き来できるようなアイテムを充実させていきたいです。先シーズンのセールものも新商品もミックス。フレッシュな今のものと先シーズンのいいものを一緒にスタイリングして、垣根を超えていきたいです」(笠原)

さて、自粛期間中に二人がハマっていたこと、たくさん買ってしまったものは何でしょう。最後にプライベートなことも聞いてみました。

「香りが大好きなので、エッセンシャルオイルをブレンドしてアロマスプレーを作って、場所によって使いわけたりしていました。あとは、よく買ったのはコーヒーです。産地や豆の種類をたくさん集めて、朝昼晩と変化を楽しんでいました」(笠原)

「香りは精神安定の面でもいいんですよね。コーヒーもお茶も香りで癒されます。私は知り合いの飲食店のテイクアウトをたくさん買いましたね。応援したいという気持ちもあったので様々な場所に買いに行っていました」(佐々木)

「人間は食べるものでできていますからね、食は大切です。私はファッショングッズの整理にも時間を費やしましたよ。特に靴はすごい量があって、1年間毎日履き替えても大丈夫なくらいあります。靴もバッグも。でも全部思い出があって捨てられないものばかりです」(笠原)

「この世代は物持ちですからね。若い世代はサブスクやレンタルでモノを持たないスタイルのようですが。でも、物持ちもそれはそれで楽しくていいではないですか」(佐々木)

「私はモノへの思い入れがありすぎて値段付けが出来ないけれど、フリーマーケットをやってもいいですね。あるチャリティイベントでは“このモノとの出会い”というストーリーを書いて商品をフリマに出していたこともありました。佐々木さんはあの沢山お持ちのポットを出せますね。思い出が詰まったモノたちが、第二の人生を歩んでくれるなら嬉しいかもしれませんね」(笠原)