SIXIÈME GINZA MAGAZINE 029

素敵な靴は、素敵な場所に連れていってくれる

Interview with YOKO SATO

各方面でご活躍されているSIXIÈME GINZA世代の方々をお招きし、これまでの生き方や仕事に対する姿勢、一人の女性としてのマインドなどをお話しいただくこのコーナー。今回はSIXIÈME GINZAのディレクターを務める笠原が聞き手となって、シューズブランド「PIPPICHIC」デザイナーの佐藤葉子さんにお話を伺いました。

エレガントかつシック、時にはポップで可愛らしいデザイン。程よいモード感を纏って日常を彩ってくれるPIPPICHICの靴は、お洒落な女性たちの羨望の的になっています。デビューから18年、女性の様々なシーンに寄り添い、今の気分を表現し続ける佐藤葉子さんはどのようなマインドで靴づくりをされているのでしょうか。白で統一された素敵なご自宅で彼女の愛するペットたちに囲まれながら、お仕事への情熱や大切にされていることについて語っていただきました。

 

日常のシーンを思い描きながら生み出される靴

昔からファッションが大好きで、セレクトショップでお仕事をされていたこともある佐藤さんは、完全に独学で靴作りの世界に飛び込まれたそうです。
「PIPPICHICを始めたのは34才の時でした。靴が大好きでしたが、自分が素敵だなと思うインポートの靴は10万円以上もして、当時は手が出しづらかったです。買える価格で探すとなるとインポートは途端にデザインがシンプルで物足りなく、国内ものだと心が躍るデザインが少なかったのです。毎シーズン買える2~3万円代で、デザインも魅了的な靴があったらいいな。それなら、私が挑戦してみようというのがきっかけでした」。
自分が欲しいものがないから作ってみようという気持ちからスタートして18年。今でもデビュー当時と志は変わらず、女性たちが日常に楽しめる美しい靴を作り続けられています。ブランド名であるPIPPICHICのPIPPI(ピッピ)は、佐藤さんが幼い頃からの家族内での呼び名。今でも実家のご家族やご親戚たちからは「ピッピ」と呼ばれているそうです。それに、佐藤さんが好きなスタイルでもあるCHIC(シック)を組み合わせて名付けられました。

「自分が欲しいものを作ってみようという想いでスタートしましたが、営業に行けば“靴はインポートしか扱っていません”と門前払いのお店が殆どでした。日本の職人さんに自分の想いを伝えて、どこまで自分に出来るのかを試したくてチャレンジしました」と語る佐藤さん。毎シーズン発表される靴は、どれも個性が光っているのにさりげなく、シーンに合わせて何足も揃えたくなってしまうデザインばかり。レース素材にきらめくビジューが付いていたり、サテン生地のシンプルなフラットシューズのカッティングはため息が出る美しさだったり、シャープなポインテッドのパイソン柄のパンプス、ウッドソールのサボ…。どんな服に合わせようかな?と考えるだけでワクワクしてきます。

 

古くから佐藤さんと公私共に親交のあるディレクターの笠原は、PIPPICHICに出会った頃のことを振り返ります。「他の国内外のデザイナーズシューズと比べてPIPPICHICがいいなと思うのは、洋服も合わせてトータルで考えることができる靴だからです。コートの着方はどうするのか、どんなシルエットのドレスなのか、パンツはワイドかスキニーか、など想像力をかきたててくれるのです」。全身のコーディネートの一部としての靴であり、さらに履く人の気分やなりたい女性像も連想させる世界観を持ち合わせているデザイナーズシューズは稀有な存在だと言います。「足元の作り方で今シーズンは女性っぽくしたいのか、マスキュリンにしたいのか、なりたい女性像を服からトータルで考えて生み出されるデザイナーズシューズに初めて出会ったという気持ちでした」(笠原)。

佐藤さんも「洋服の着こなしを考えないと、靴が作れません」と仰るように、PIPPICHICの靴はオブジェとしての靴ではなく、女性のお洒落へのイマジネーションと夢を盛り上げてくれる存在なのでしょう。

 

靴と女性の気分は相関関係にある

長い間靴作りをされている上で、こだわっている点はどのようなことなのでしょう。
「こだわりというなら、木型だと思います。私は職人さんではないので自分が木を削っているわけではないですが、仕上がりへのこだわりは強くて職人さんととことん話し合っています。靴はトウの形が様々です。ポインテッド、スクエア、ラウンド、さらにその中でも細分化されます。例えばスクエアでも台形的なのかスクエアなのかなど。そして、トウの長さでも仕上がりの顔が全然違うのです。2mm違うだけで攻撃的にもコンサバにもなるので、その振り幅を間違えると今のスタイリングにフィットしません。長すぎず短かすぎないちょうどいいところは?と何度もやり直しながら1mm単位、2mm単位の話を職人さんとしています」。靴作りに一番大切なのは、靴のシルエットを構成する木型だと佐藤さんは続けて仰います。「薄さ、厚さ、ノーズの長さなどは人間で言うと、骨格の部分です。要の骨格である木型がバシッと決まらないと、いくらいいデザインでも上質な素材でも、いいものになりません。木型が決まっていればあとは放っておいてもうまくいくものです。すごく地味な作業だとは思いますが」。
木型はその都度新しいものが必要なのでしょうか。「毎シーズン木型を作っています。継続できる木型もありますが、ヒールの高さが1センチ違えばシルエットも変わってくるのでその都度新しい木型が必要です。私が言葉で表現したことを職人さんが理解して木型に起こしてくださるので、長年のコミュニケーションが必要です。いい職人さんに巡り会えて良かったと思っています」。

 

女性にとって靴とは特別な存在だと言われていますが、佐藤さんにとって靴とは?
「ランジェリーと似ているところがあると思います。ヒールが高かったり、ジュエリーがついていたり、ヌーディーだったりするデザインは女性ならでは。靴によって自分の中のいろんな要素が引き出されます。女性っぽい靴の時、スニーカーの時、など履く物によって気分を変えてくれるところがランジェリーと共通する要素なのかなと思っています」。
佐藤さんは、ある場所で聞いた靴についてのフレーズがいつも心の中にあると仰います。
「フランスのことわざに、“素敵な靴はあなたを素敵な場所に連れていってくれる”という言葉があります。それを聞いたときに、なんていい言葉なんだろうと感動しました。その言葉を思い出して、そんな素敵な靴を作れたらいいなといつも思っています」。

また、靴は女性の気分を高揚させたりリラックスさせたりする効果もあるようです。笠原がSIXIÈME GINZAの店頭でお客様の靴を選ぶ様子を見ていると、靴で変わる様を感じるようです。「ヒールを履くと視線が高くなり、背筋が伸びてしゃんとするんです。お客様にハイヒール履いてもらうと女っぽさが出て顔が変わりますよ。靴は感情をコントロールし、感情は靴によって変化する、という相関関係があります」(笠原)。

「女性を意識する瞬間があってもいい。いつもとはいきませんが、ちょっとした瞬間に女性を意識できると楽しいなと思います。デニムを履いていても素足にビジューの靴やミュールを履くだけてちょっと女らしさが加わる。それこそ自分のための楽しみなのかもしれませんね」(佐藤)

 

不必要なこだわりから解き放たれる

ブランド設立から18年。年を重ねられる中で、佐藤さんが昔と変わった部分はあるのでしょうか。
「あまり変わったところはないかな?と思いましたが、45才くらいからオンとオフを切り替えられるようになりました。34才でブランド立ち上げて以来、10年間は仕事漬けでした。展示会の前には会食にも行かず、誰に誘われても断って長い間引きこもって仕事をしていました。とても余裕がなかったのです。展示会当日になっても、あと0.5mmが気になる、などとことん突き詰めていて。その勢いでずっと家にこもってしまうので、周りには仙人と言われていました。今やれることは明日に回すのではなく、眠らずに今やってしまおうという毎日でした。
来ならば、今日はもう終わりにして楽しもうというのが正しいのですが、不器用だったのですね」。

どのようなきっかけがあってオンとオフを切り替えられるようになったのでしょうか。
「大きな事件があったわけではないけれど、何かの時にこれを続けていたら違うなとふと思ったのです。何か光がさして喪が明けたというのでしょうか、ストイックであることがしんどくなってきたので変えてみようと思ったんです。今では、切羽詰まった時以外は土日のお休みには何も仕事はしません。生活サイクルも夜型だったけれど、今は7時になったら終了にしています。自分のこだわりは大事だけど、必要なこだわりと、不必要なこだわりもある。今まで、不必要なこだわりで自分をがんじがらめにしてきたのだと思います。不器用ね、と昔の自分に言ってあげたいですね。そこまでこだわらなくても軽やかにやればいいよ、と自分を解放したことで楽になりました。今のところ、仕事にも生活にも悪影響はありません」。

想像力は知性であり優しさ

真っ白い家具で統一されたシックなインテリア、青々と伸びやかに育つグリーン、2匹の犬と2匹の猫、そしてフェレット。佐藤さんのお宅には温かでゆったりとした空気があふれています。佐藤さんが仕事で少し悩んでいる時に身体をピタッとくっ付けて見守っていてくれる犬のハッチは昔からずっと佐藤さんの仕事を見てきた一番の理解者のようです。佐藤さんが暮らしの中で大切にしていることとは?
「想像力が大切だと思っています。今までの人生は仕事中心だったけれど、50代になった最近では、動物の保護活動をしていきたいなと思うようになりました。我が家の犬たちも“Lifeboat”という動物保護のNPOから譲ってもらいました。犬は言葉を話さないけれど今どう思っているのかな、と想像しながら会話をしています。その中で、動物の優しさに触れると自分も優しくなるし、想像力も育まれます。人間同士でも、友人でも夫婦でも会社の同僚でも、想像力が大切なものだと思う。相手はどう思っているのかなと察することで関係は良好になっていくように思います」。
相手の考えを想像し、気持ちを汲み取る。言葉がないコミュニケーションの中に相手の優しさや温かさを感じることがあると仰います。
「人が成長するのは想像力という知性が必要なのだと思います。愛するものを大切にしていく人でありたいなと思います。それが出来るというのは強い人、そういう強い人でいたいなと思っています」。

なりたい女性像は、「余裕がある人がいいですね。許容範囲が広くて、一喜一憂せずにどんと構えていられるような、強くて優しい人。そういう人になれたらいいなと思います」。

保護動物と暮らす佐藤さんですが、さらに今後は動物保護の活動を積極的に行っていきたいそうです。「保護動物についての認知が高まれば嬉しいです。“国家の偉大さは、そこで動物たちがどう扱われているかで分かる。”というマハトマ・ガンジーの言葉があります。彼らは言葉を話さないし、何か利害関係があるわけでもない。ある意味弱い立場であるものに対してどれだけ敬意を持って接することができるのか、そこから接する人の品位が見えるという意味です。私は、その通りだと思いました」。

佐藤さんにとって、一流とは「一流はある種の結果で他者が決めることなのである程度の歴史が必要です。どれだけ掘り下げられるのかどれだけ時間を費やせるのか、執着できるのかが才能。結果、本質を見出すことに繋がるのではないか。そんな人を一流と思います。」

 

真面目で、ひたむきで、真摯。ストイックなまでに靴作りに心を注いできた佐藤さんは、動物や仲間たちとの優しい時間の中で解き放たれ、さらに美しい世界観を紡いでいってくれるのでしょう。

PIPPICHIC

佐藤 葉子(さとう ようこ)

「PIPPICHIC」デザイナー。独学で靴をデザインし始め、2002年AWより子供の頃からの愛称をブランド名にして「Pippi」を立ち上げる。2013年AWよりブランド名を「PIPPICHIC」に改名。「今の気分」と「必要なもの」をテーマに、日常のシーンをimageしながら美しいシルエットと履き心地を追求している。

Instagram @pippichic_official