SIXIÈME GINZA MAGAZINE 020

心地よいことを

Interview with CHICO SHIGETA

ホリスティックなアプローチで女性たちの心と身体をケアする「SHIGETA」を主宰するCHICO SHIGETAさん。その独自のセルフケアメソッドは「バイタリティー・コーチング®」と呼ばれ、植物の力、セルフマッサージ、食事、呼吸から成る4つの柱で、ひとりひとりの心身に寄り添ったセルフケアを伝えています。昨年出産を経験し、タイに移住され、ライフステージにおいて大きな変化を経たCHICOさんに、今回はSIXIÈME GINZAのディレクターを務める笠原が聞き手となってお話を伺いました。

 

バッテリーのタンクが大きくなったような感覚

笠原: 昨年ご出産されて、パリからタイへ移住されたそうですね。どのような心境の変化があったのでしょうか?

CHICOさん(以下、敬称略): 子どもができて、ライフスタイルががらりと変わりました。わたしはいま45歳ですが、子育てがこんなに面白いものだと思いませんでした。でも、仕事も大好きなので、その両方を愉しみたいと考えた時に、子育てをする環境としてパリが適しているのだろうかと考えたのが大きなきっかけです。大気汚染やセキュリティ的な観点からも、私たちの考える子育てには向いていないと感じたんですよね。散歩ひとつとっても、双子の娘たちを二人乗りバギーに乗せて、パリのトラディショナルなアパルトマンから外に出ることさえ、まったくシンプルではなかったので、「よし行くぞ!」と気持ちを奮い立たせて出かけなければなりません。夫はパリ育ちですが、元来自然が大好なので、「いま彼女たちに必要なのは、カルチャーよりネイチャーだね」と話し、パリを離れることにしました。こうして移り住んだタイでは、おかげさまで毎日夏休みみたいな生活をしています。

笠原: いまはパソコンがあれば世界中のどこにいても仕事ができる時代ですが、仕事の拠点でもあり、住み慣れたパリの空気から離れることは、CHICOさんにとってとても大きな決断だったのではないかと想像します。

CHICO: パリを離れる決心がまとまるまでには紆余曲折ありましたが、もう環境を変えたほうがよいなと思えるサインがたくさんありました。仕事だけを考えたら、パリにはわたしをセラピストとして求めてくださるお客さまもたくさんいらっしゃいます。わたし自身もパリは大好きですし、都会のWell-beingに取り組んで来たわたしにとって、パリを離れるという決断をすることがよいのか、最後まで悩みました。決意するまでにさまざまな要因がありましたが、そのひとつが通勤時間帯の車の渋滞です。2年前までは家から会社まで15分もあれば行けましたが、現パリ市長の政策で道路の改正を行っていることもあって、最近では25分以上かかるようになっていました。時間はプレシャスです。しかも子どもがいるとさらに時間が限定されているなかで、濃密に暮らしたいのに、毎日渋滞にはまって、往復で30分、1時間とロスするわけですね。身体に良いことや楽しいことを生業にしているのに、そこにイライラしている自分を感じて、どうしてこんなにイライラしているのだろうと思ったんです。しかも、道路事情はわたしが即変えられることではない。そう考えた時に、自分で変えられることをしようと思ったのが、タイへの移住でした。結果的にわたしは子どもたちと一緒に過ごす時間が増え、子どもたちは毎日裸足で自然と戯れて、野生児のようにのびのびと育っています。

笠原: なぜ、移住先はタイだったのでしょうか。

CHICO: タイのホアヒンという町に「チバソム」というナチュラルヒーリングリゾートがあって、毎年2週間くらいゲストセラピストとして招聘していただいたことで、この町を知りました。ローカルの方の暮らしと、在住外国人の暮らしがそれぞれに充実していて、そのバランスがとても良いのと、バンコクほど慌ただしさがないし、王族の避暑地としてパレスもあるので治安も良いところです。また、王族が召し上がる食材はすべてオーガニックなこともあって、オーガニックファームが隣接しているので、わたしたちも手軽にオーガニックの野菜が手に入ることも魅力でした。移住先としていくつか候補を考えたのですが、夫が「毎日採れたてのマンゴーを食べたい!」と言って、ホアヒンにしました。むしろ夫のほうがナチュラルライフを求めていたような気がします。夫は冬になると毎年気管支を悪くしていて、抗生物質を飲まないと治らないくらいだったのですが、それがいま思うとパリの大気汚染の影響だったことがわかって、子どもたちのことを考えて決めた移住でしたが、むしろ大人のわたしたちにとってもよかったなと思っています。

笠原: パリの仕事場はそのまま残されているのですか?

CHICO: もちろんです。工場も、ラボも、ショールームも変わらずに機能しています。テスターはタイに送ってもらってチェックしています。

笠原: オーガニックに暮らしながら、現代のテクノロジーも上手に活用されていて、バランスのよいモバイルライフですね。

CHICO: どういう人生を送りたいかと考えた時に、わたしは仕事もとても楽しいし、子どももあっという間に大きくなってしまうので、仕事を理由に別々に過ごさざるを得ないような状況はもったいないし、いまの自分を充実させたいと思ったら、この選択に辿り着きました。45歳になったわたしがする子育てだから、がんばって子育てをするというよりも、子どもと楽しい時間を共有する子育てをしようと思ったのです。子どもと一緒に居る時間そのものはあまり変わらないかもしれませんが、遊び方が大きく変わりました。都心にいるとどうしても室内遊びが多くなってしまいますが、タイではほとんど外にいます。

笠原: 都会のWell-beingをご提供されてきたCHICOさんですが、タイに移住したことでできなくなったことはありますか?

CHICO: それが特に思い当たらないんです。パリを離れる時には、本当にこの選択であっているかなと何度も思いましたけれど、実際に新たな土地で暮らし始めてみると、あっという間に馴染んでしまって、仕事もみっちり入っているし、そんなことを考える隙もないくらい日々のことで一生懸命ですが、パリの暮らしを手放したことで、残念なことはいまのところひとつもありません。東京に近くなったこともすごく嬉しいし、タイに移住して半年ですが、空港からタイの自宅に戻る道のりで、植物が生い茂る山の景色を見たり、家の周りの空気を吸った時にものすごく浄化されている自分を感じて、とてもほっとするんです。都心特有の目や耳から飛び込んでくるノイズもないし、鳥の声で目覚める生活はとても心地がよくて穏やかです。都会に住んでいた頃は、朝起きてマッサージをしたりして、やる気スイッチを入れて、自分のパフォーマンス性をあげるための準備を大切にしていました。ところがいまは、無意識のうちに何もやっていなくても元気なんです。そういう意味では、タイに来たことで「バッテリーのタンクが大きくなったような感覚」があります。気負いがなくなったというか。日常の豊かさを身体が吸収したということなのかもしれないし、吸う空気(環境)からまるっと変えたことによる恩恵を体感しています。これはパリでの暮らしを手放して、タイへ行ってみないとわからなかったことでした。

自分の身体は自分にしか責任がとれない

笠原: 幼少期からお母さまよりマッサージの技術を学ばれ、お父さまからは経営的な視点を教わっていらしたそうですね。美容師免許やヘアメイクも修得し、日本やパリで、エナジー・マッサージ、指圧、呼吸法、食事法、アロマテラピー、化粧品学、ボディーケアなど、実に多岐に渡って女性の美しさをかたちづくるものにアプローチされています。CHICOさんがこれから学びたいと思われることはありますか?

CHICO: わたしが行っている仕事は多岐にわたっていますが、やはり一番好きな仕事はセラピストとしての仕事であり、技術をより深めることは永遠のテーマです。先週まで「チバソム」にゲストコンサルタントとして行っていたのですが、世界中からVIPが集まってくる施設で、コンサルタントも多種多様なプロフェッショナルが集結します。滞在中には、コンサルタント同士がセッションをエクスチェンジするのですが、今回も気功の先生や、フランス人で野口整体を極めていらっしゃる先生、鍼の先生など、さまざまな方がいらしていました。そもそも「気」というのは、人間が健やかでいるための始まりで、漠然と語られることが多いのですが、言うなれば「気=電気」なんです。家のなかでスイッチを入れると電気が点くのは、電気の配線が整っているから。身体も同じで、経絡を整えて、気の滞りをなくすことが「気を通す」ということなんです。気が滞っていると内臓も働きません。一方、プロダクト開発のプロセスで、生物学的、生物と化学的に身体を見ているわけですが、分子も電気を帯びていて、どちらも「電気」なんですよね。わたしのミッションは「セルフケア」をお伝えすることで、どうやったら女性たちのライフスタイルに取り入れてもらいやすいかを常に考えているので、ホリスティックなことも、よりロジカルに噛み砕いてお伝えすることもできるのではと強く感じました。

 現代では女性が地位を得て活躍していますが、男性がつくった枠組みのなかでがんばっているので、知らず知らずのうちに目に見えないひずみや負荷がかかっているんですよね。無意識に肩に力が入っていたり、眠っている間も噛み締めたりしているので、独特な肩の凝り方をしていて、身体を触るとわかるんです。さらに眠るときに緊張感を持ち込んでしまうので、交感神経と副交感神経のバランスがとれず、身体が休まっていないので肝機能も疲労してしまう。ですから、ホルモンバランスの不調を解消できるセルフケアをお伝えすることで、社会づくりにも寄与できるといいなと考えています。SHIGETAのゴールは創業時から変わっていなくて、「いかにワクワク楽しく、エキサイティングに毎日を送るか」で、それが最大の関心ごとです。だからセルフケアが必要で、そこに寄り添うためのプロダクトなんです。

 ひとにケアをしてもらうというのはあくまでもサポートなんですね。自分の身体のことは自分自身でやらなかったら変わりません。ケアというのは、手を施すだけではなくて、食材を選ぶことも含まれるので、自分が「心地よいか」というのは大切なバロメーターだと思います。100人いたら100様で、特徴も好みも、興味のあることも違います。だから、自分が「ひっかかること」をやればいいんです。そうすることでその先にふたつめの扉が開くんですよね。

笠原: 買い付けもそうですが、直感で「好き!」と思うことや、「気になること」や「心地がよい」と思うことは、やはりいいんですよね。結果的に周りの方の心も動かすことが多い。あとから理由づけすることは、それなりにいいけれど、予定調和を越えない。自分の心の声に耳を傾けることは大切ですね。そうすると、新たな扉が開くケースが多いです。

CHICO: 好きなことを選択できさえすれば、そのあとに待っているハードルも低くなります。好きだからゴールが見えているし、苦しくないですよね。

笠原: CHICOさんには選択をする感覚が鈍ってきたなと感じるときはありますか?またその際感覚を取り戻すために意識的にやっていらっしゃることがあれば教えて下さい。

CHICO: そういうときこそ、ひとの手を借りるかもしれません。もちろんそれまでに呼吸をしたり、瞑想をしたりして、自分で整える努力はしますけれど、シャンパンのコルクのようにシュポっと抜いてもらいたいときには、「ひとの気を借りる」ことで、巡りをよくしてもらうようにしています。逆に、見るからに疲れていたり、滞っているひとに出会ったりすると、余計なお世話と思いながらも、どうしても気になってしまう自分もいます(笑)。

笠原: やはり、ひとにエナジーを与えるお仕事なんですね。わたしたちの仕事はファッションですが、身に着けるものを通して自分も元気になって、周りも元気にして、周りが元気になることで自分も元気をもらう。自分の心地よさだけでなく、ひとの視覚に入るものなので、それによる顔の表情も含めて、それ相当の影響があるという点では、似た部分もあるかもしれません。今日CHICOさんがお召しになっているものもとても心地よさそうで、朝の光りが入ってきたようなエナジーをいただきました。

インディペンデントに自由に。アイデンティティーをもつことの大切さ

笠原: 考え尽くされたCHICOさん独自のメソッドやSHIGETAの想いを、年齢や性別、これまでのライフスタイルも様々なスタッフのみなさんへ共有し、同じその想いをお客さまへ伝えていく、というのは容易なことではないと思います。何かCHICOさんなりの秘訣などあるのでしょうか?

CHICO: うまく伝えられているかわかりませんが、意識的にひとつだけやっていることがあって、名前(ファーストネーム)で呼ぶようにしています。苗字(ファミリーネーム)は家族というグループ名であって、そのひとの本質的な「個」が100%入っているかというと、その他多勢も含まれているわけですよね。わたしはそのひとそれぞれの個とお付き合いをしていきたくて、個性を活かして、どんどんよいところを発揮してもらいたいのです。インディペンデントに個を確立して生きることは楽しくて楽な生き方だと思いますし、そのことはSHIGETAを使ってくださる女性たちに、ブランドを通してお伝えしたいと思っていることのひとつです。わたしの実家、繁田家に伝わる家訓に「ひとに頼らず生きていけ」という言葉がありまして、大正初期生まれの祖母が書いたものです。当時まだ珍しい職業婦人で、ひとりでヘアサロンを建てたそうです。その教えを受け継いだ母からも「女性も仕事を持つことが当たり前。自立して暮らしなさい」と言われて育ったこともあって、姉もわたしも海外で暮らしているのはその影響かもしれません。

笠原: なるほど、わたしもミラノに暮らしていたときのことを思い出しました。名前が一番先にきて、次に苗字がきて、肩書き、会社名がくる。常に「個」として求められることで、自分が何者なのかを常に問われていたような気がします。その環境のなかで、自分に何ができるのかを考えていたし、そのことに「生き心地」がよいなと感じました。

ジョワ・ド・ヴィーヴル(生きる喜び)

笠原: SIXIÈME GINZAでは、春の到来と共に、新しくスタートする門出を祝い、より家族や大切な人との絆も深まる季節に、「ジョワ・ド・ヴィーヴル(生きる喜び)」というテーマを掲げます。そこには年齢を重ねることで起きる変化をも楽しみながら、こころと身体に心地よく、本能に従って過ごすことで、喜びを感じて欲しいという想いと共に、商品をラインナップいたしました。 CHICOさんご自身にとっての生きる喜び、また、大切な方やご家族と共に生きる喜びを、それぞれにお聞かせいただけますか?

CHICO: わたし個人の人間としての根源的な喜びは、ひとに必要とされることをやり続けることです。これを仕事にできていることは幸せなことです。仕事をすればするほど、人間としての根源的な喜びにフィットしていくわけですから。裏を返せば、人間として必要とされない状況に一番落ち込むわけです。ですから、何らかのかたちで必要とされることを続けたいという発想で、プロダクト開発もセラピストとしての技術も進化していきたいと思います。また、「Spring Step(https://springstep.jp/)」というウェブマガジンも運営していますが、これはCHICO SHIGETA一個人の社会貢献としてやっていて、オーガニックな魅力を伝えることと、ホリスティックなケアをすること、女性が自立して自由に生きる、ということを、SHIGETAとは別に伝えたいと思って続けています。プライベートと仕事はまったく分けていませんし、どちらもシンクロしています。仕事でやったことが生活を豊かにするし、生活を豊かにしたものは必ず仕事に還元しています。いまは子どもができて家族という単位になったので、また新しい発見もあって、そこでリアルに必要だと感じたことを同じような環境の方々に活用してもらえるものを届けたいと思います。

 また、家族との暮らしという観点では、目下、子どもとどれだけ楽しく過ごすかということだけに焦点を当てています。子どもを授かるまでの道のりがとても長かったので、授かりものという意識が強くて、あの小さな生きものである娘たちに触れているだけでエナジーチャージさせてもらっています。彼女たちはどんどんエネルギーが湧き出てくるので、そのお裾分けをいただいている感覚です。自分の一番のリラクゼーションとして楽しんでいることは、娘ふたりが寝ている間に入って、猫をお腹のうえに乗せて、ふたりと猫に触れながら眠るというのが最も幸せな時間です。夫とふたりだけで過ごす時間は、子どもが生まれる前よりは減りましたけど、時々、ふたりで食事に行きますし、お互いの共通の関心ごとが、SHIGETAをどうしていくかなので、そういう意味では公私ともによきパートナーです。

笠原: 今回、SHIGETAのプロダクトを通してCHICOさんが伝えていらっしゃる「女性の本質的な自立」や「精神の解放」など、ブランドの本質が伺えました。実は、GINZA SIX(SIXIÈME GINZAが入る施設)のコンセプトが「NEW LUXURY」なのですが、少し前のラグジュアリーというとハイブランドの製品を持つことがひとつの象徴的な事象だったのに対して、NEW LUXURYというのは心で感じるまったく新しい価値観のことで、そこには自分も楽しくて、それを親しいひととシェアすることや時間そのもののことも含まれる。それはSIXIÈME GINZAでも常に意識している想いでもあり、CHICOさんの考えとも通じますね。

CHICO: そうですね。楽しいひとが多い社会は、必ずよい社会だと信じているので、そのためには個々が豊かでなければ実現しないし、個々の豊かさとは「自分のなかで調和がとれている状態のこと」なので、自分が時間を費やす場所を心地よく変えて保つことは、とても大切なことだと思います。

SHIGETA主宰/ホリスティックビューティーコンサルタント

CHICO SHIGETA(チコ・シゲタ)

美しい肌と体を育むためには心身のバランスこそが不可欠と考え、長年フランスおよび日本にてビューティーメソッドを探求。その経験と実績をもとにバイタリティー・コーチング®を考案。現在は、パリのセレブリティやアーティストのためのパーソナルコーチとして活動するほか、大手化粧品会社や美容機器会社のコンサルティング及びブランドスポークスマンとしても活躍中。近著に『「リセットジュース」を始めよう~パリ美人のダイエット』(講談社刊)など、著書多数。

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Spring Step https://springstep.jp/