SIXIÈME GINZA MAGAZINE 019

感を動かす

Interview with YASUKO SATO

SIXIÈME GINZAの今年のホリデーシーズンを彩る空間演出を手がけてくださったアートディレクターの佐藤寧子さんは、質の高いユーモアとストーリーを交え、伝えたいことをアーティスティックに表現する感性の持ち主。広範囲に渡る知識と好奇心が求められ、高いコミュニケーション能力も不可欠なVMD(ヴィジュアルマーチャンダイジング)の極意とは?

 

用意されていない価値観と出会う

GINZA SIXのB2Fにあるフードフロアを歩いていると、目に飛び込んでくるのはフォークとスプーンで縁取られたショーウィンドウ。これは、佐藤寧子さんがGINZA SIXの開業当初から携わっていらっしゃるプロジェクトです。7週間ごとに変わるこのインスタレーションは、「Tastes of New Luxury」をテーマにしながら、GINZA SIXの象徴的な存在となっているもの。開業時のスローガンが「Where Luxury Begins 世界が次に望むものを」であったことから、食をテーマに新たな豊かさの価値観を提案するという考えに行き着きました。食は、味覚を含む五感や、食事のシチュエーションなどの感情や記憶とも密接なので、食を通して、新しい価値表現をすることに可能性を感じたのだそうです。今回は食の“フォルム”がテーマで、モチーフは“生姜”。流通上、形状が揃っていることを優れた商品だとする定義がある中、多様な形が許されている生姜にスポットを当てました。確かに改めて眺めてみると、その個性には心奪われる美しさがあります。「まずは私自身が、眺め、触れ、切ってみることで、形をまじまじと探り楽しむことに専念してみました。行為そのものは調理と同じですが、目線を変えるとそれは美術鑑賞と似ています。このウィンドウでは、ひとが意図しても及ばないような自然が作り出す個性的な形を、目で見て、脳で味わい召し上がっていただく空間を作りたいと考えました。あたかも美術館でアートを鑑賞しているかのようなシーンとして演出したのは、見慣れた生姜に対する目線を変えて、新たな感覚を働かせて欲しいという狙いがあるからです。私たちが美術館でアートを鑑賞する時、作品の価値を確信し、感動の用意さえしているのかもしれません。ここで言う“新たな豊かさ”とは、自分の中に既成価値にとらわれない価値観を持つことだと思うので、少しだけ皮肉に近いユーモアも込めています」。

 

見る側も認識していない価値観に出会う機会をつくるのはそう容易ではありませんが、裏を返せば、通りすがりに目に入るショーウィンドウは最適なメディアとも言えそうです。ウィンドウディスプレイに気に留めて近寄ってもらうために、佐藤さんが大切にしていることがあるそうです。
「まず、誰もの記憶や経験したことのあるモチーフやシーンを選びます。今回の生姜や美術館がそれです。それら見知ったものや景色の中に、思ってもみなかったような違和感を作ること。例えば巨大な生姜が回転していたり、模型の人物が描くのが生姜だったり、というのが違和感です。巨大なオブジェは遠目からのアイキャッチに、極小の模型は覗き込む行為を誘うために、この二種の行動パターンは意識しています。また、強い色の対比や、オブジェをとても丁寧に美しく仕上げることは、常に心がけています。そのような美しい表現があるからこそ、背景には真面目なコンセプトや難解な問いなどを置くことができます。さらに、ユーモアやアイロニー(皮肉)は、くすっと笑える設定や、可愛らしさからの共感など、ポジティブに感じられるところで止めておくさじ加減が大切です。そして、ストーリー性。見てくださる方の興味の扉が次々と開いていくように設計しています。ウィンドウディスプレイは道端の花の存在に近いのです。道端の花が思いがけずにふと目に止まった時の嬉しさを、ショッピングで来店されたお客さまが“用意されていない価値観”に出会い感動する瞬間に例え、ウィンドウをそのような存在にしたいという思いがあります」。

佐藤さんが表現するアーティスティックな世界観の原点は、学生時代に遡ります。美大でファインアートを専攻していた佐藤さんは、在学中にある百貨店のウィンドウディスプレイを手伝ったことをきっかけに、この世界に足を踏み入れました。時はバブル。キャリアスタート当時の仕事で、佐藤さんの礎とも言える2つの仕事があります。ひとつめは、ウィンドウが東西南北にあった都内の百貨店で「スノーマンの物語」というストーリーを起承転結で考え、4つのウィンドウを回遊することで完結するという作品。物語の、心を動かす力を知った仕事でした。もうひとつは、先輩の作品で、大根のディスプレイ。ショーウィンドウの中に土を敷いて、リアルに大根を干すインスタレーションでした。素材選びだけのシンプルな表現でしたが、発想が斬新。季節感や時間の経過も感じられる。これらの経験から「ストーリー」「季節感」「日常」「意外性」を大切にするいまの佐藤さんの表現スタイル探しが始まったのだそうです。

 

仕掛けはいつもWONDERに

すべてが揃う黄金期の百貨店が、バブルの崩壊とともにどんどん保守的になった時代。百貨店の仕事を離れた佐藤さんに、あるご縁から、ティファニー銀座本店のショーウィンドウに携わる千載一遇の機会が訪れました。そこで、NYのティファニーのショーウィンドウを1955年から40年間手がけた伝説のディスプレイデザイナー、ジーン・ムーア氏の存在を知ります。彼の世界観は、高級宝飾店だからといってダイヤモンドを高級そうに飾るのではなく、たとえばソフトクリームのコーンやスパゲッティにダイヤモンドを合わせるなど、ポピュラーで安価なものと高額品を対峙させることで宝石の価値を際立たせ、さらにストーリーのある見せ方で見る人を引き込むというものでした。ジーン・ムーア氏の自由な創造力を存分に引き出したティファニーの気概に触れ、11年携わる中で高級な商品を扱う経験を積みました。その後、ハイエンドブランドにも、店舗のVMDをチェーン・オペレーション化する波が押し寄せ、ローカルなデザイナーが独自に立案する機会は失われました。

経営の合理化とEC市場の参入により、小売業の在り方にも変化が求められています。そんな時代の変遷を肌で感じていらした佐藤さんに、リアル店舗、そしてショーウィンドウが担う役割について伺ってみました。「ウェブでのお買い物は主に視覚情報が中心ですが、リアル店鋪は、手触り、温もり、匂い、音、光などさまざまな感覚に働きかける要素が溢れる場です。感動というのは“感が動く”ことだと考えています。五感が思いがけず働けば、感じる幅に動きが出るわけです。五感はもちろん、その先の第六感のような直感や、共感や感情というものもある。それらの “感”を動かすことが店鋪空間の醍醐味であり、その幾つかの感動を担うのがショーウィンドウの役割だと思っています」。

佐藤さん自身が果たす役割は実に多岐に渡ります。依頼主の意向をつぶさに捉えながら、プロダクトをアートピースのように扱うことができるアーティストのような表現力と、マーケッターとして時代の気分を読む力で、空間デザイナーとして総合的に演出を行います。店舗でのVMDでは、あくまで商品が主役。それを取り巻く環境が主張しすぎてしまうと商品の魅力は伝わりません。最初に思いつくまま表現を盛り込んでみて、そこから引く作業をする。VMDの役割上そのコントロールは重要なのだそうです。

佐藤さんには、SIXIÈME GINZA の2018年のシーズングリーティングのテーマ「WONDER GREETING」のディスプレイ全般を手がけていただいています。このテーマをどのようにディスプレイへ落とし込んでいかれたのでしょうか。「ディレクションにあった、“REAL”と“VIRTUAL”というキーワードに注目して、反射する素材を用い、映り込む現象によって“実像”と“虚像”を同時に表現しようと考えました。今シーズンの商品は光る素材なので、それ自体がキラキラと存在感を放つことを想像し、あえて同質な素材を合わせ、特徴を増幅させることを考えました。もともとSIXIÈME GINZAのインテリアはシックで光を吸収するので、ホリデーシーズンは非日常を愉しむことができる季節でもありますし、演出効果の高い反射する素材を採用しました。TAMAMUSHIという名前の、特殊なホログラムシートを徹底して使っています。このシートの使い方を、凹凸にする案も考えましたが、かなり主張が強くなり商品に目がいかなくなる懸念から、プレーンな扱いにとどめました」。

©pranks

ショーウィンドウは最も古い双方向メディア

佐藤さんが刺激を受け、学びや発見のある場について伺ってみました。「銀座を歩く時に必ず訪れるのは、銀座メゾンエルメスの1階の大きなショーウィンドウはもちろんですが、建物の脇に連なる小窓は、商品を主役にしながらアーティスティックで端的な遊び心があり、バリエーションも豊かでいつも刺激を受けています。ロンドンにある、有名デパート、セルフリッジズのショーウィンドウも必ずチェックしています。先鋭的な生活概念がテーマとして設定されつつ、表現はとてもファッショナブルでユーモアに溢れています。感を動かす表現という視点の参考として、21_21には定期的に出かけます。また、食から刺激を受けることも多く、食に関する展覧会やトークショーにはよく出かけます。たとえば、日本酒と食のマリアージュをプランする方の思考回路や、感情をテイスティングするアート作品、食べることと生きることを考えさせる器作家のライブなど、自分自身の感覚が揺さぶられる体験からは、ヒントが生まれます」。プロの視点をお聞きして一層、佐藤さんのインスパイアの源に足を運んでみたくなります。

佐藤さんの原動力についてもお訊ねしてみました。「自分が仕掛けた空間を、お客さまが実際にご覧になって驚かれたり、写真を撮られたり、他人と無言のコミュニケーションが成立した様子を見るのはとても嬉しいですし、次をつくりたいという力が湧きます。そして、自己満足だけではなく、ご依頼主からの役割を果たせることも喜びです。ショーウィンドウの省コスト化で、デジタルサイネージが役割を取ってかわる昨今、街からショーウィンドウがなくなることも危惧しています。売るための情報発信が増えれば、買うための街になり、街に繰り出す意味も薄れてしまう。“感を動かす”売場やショーウィンドウが、人と街の間に多様なコミュニケーションを生むことに貢献できたらと思います」。

お仕事と人生のキャリアを積み重ね、歳を重ねることで変わってきたこと、それは、デザインの仕事を通して利他的な活動ができないかと模索するようになったことだと話してくださった佐藤さん。たとえば、デザインコンペティションの審査員としてボランティアで参加したり、日本空間デザイン協会の活動では、“銀座ショーウィンドウクルーズ”の運営に関わり、その奥行きを伝え続けています。とりわけこのクルーズは、ショーウィンドウが約250面もある銀座の街をフィールドに、ショーウィンドウのファンを増やすことに寄与したいという想いで、例年行っているのだそうです。今年は12/5に開催が決まっていて、京橋から新橋まで小一時間、空間デザインを手がけるプロ達がショーウィンドウを解説しながら歩いたあと、制作の裏側を深掘りする講義をしてくださるという贅沢な内容。一般の方も参加が可能です。これもすべてショーウィンドウ文化の継承と後進を育てる目的で続けていて、「将来的には、2020年に外国人向けのショーウィンドウクルーズもやりたいです。日本には華道、床の間、禅の庭など、空間表現に何かを施す際の引き算の美学による影響があるので、日本のショーウィンドウは、華麗にショーアップされたショーウィンドウに見慣れた外国の方には、新鮮に感じられるものがあると思います。引き算の美学には、鑑賞者が自ら感じて足し算する領域が残されているように思います。今でこそ双方向メディアの在り方が語られることも増えましたが、ガラスを挟んで見る2.5次元的な要素をもったショーウィンドウは、古くから存在する双方向メディアなのかもしれません」。

SIXIÈME GINZAのコンセプトである[上質][本質][一流]について、佐藤さんはどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。「[上質]というのは、着心地や、色の美しさ、使い勝手の良さなど、五感に心地よさを感じさせる、“感が動く”ことに近いものだと感じます。一方、[本質]というのは、自然の摂理や先人たちの叡智など、必然やご縁の上に成立ち、価格やブランド名などの人の経済活動がつくり出す表面的な価値に左右されない、自分自身にとって普遍的なものだと思います。そして、[一流]というのは、妥協がないこと。追求を惜しまないこと。それは一目見ただけでわかるものではないかと思います」。大人の女性にとっての“感が動く”上質、自分自身にとって普遍的な価値の本質、一目見ただけでわかる一流を、SIXIÈME GINZAではこれからも真摯にご提案してまいります。

空間ディスプレイを佐藤さんに手がけていただいたSIXIÈME GINZAの「WONDER GREETING」は、11月21日からスタートします。空間演出のホログラムの輝きとたくさんのきらめく商品がつくる“REAL”と“VIRTUAL”の不思議な世界観を、ぜひお楽しみください。

pranks代表/アートディレクター デザイナー

佐藤 寧子(さとう やすこ)

1965年生まれ
2018年のGINZASIX全館のクリスマスのプロジェクトも手がける