SIXIÈME GINZA MAGAZINE 014

大人の着こなし

Interview with Hisano Inubashiri

一流のファッションブランドのバックステージを経験し、スタイリストとして30年以上のキャリアを持つ犬走比佐乃さん。女性ファッション誌やキャスターのスタイリングなど、社会性のある大人の女性のコーディネイトが特徴的な犬走さんに、TPOにあわせたスタイルの大切さ、年齢や経験を経て変化するスタイルや考え方など、シジェーム世代へのヒントになるようなアドバイスを伺いました。

 

着られなくなったものもあるけれど、似合うものも増えた

上質な素材で、タイムレスな着こなしができる洋服選びは、大人の女性たちが求める大切な要素のひとつと言えます。新しいアイテムを買い足すならどんなものがいいのか? 着こなしにニュアンスを加えるだけで、いつものワードローブも違って見える。そんなファッションアイテム選びに必要なポイントを伺いました。

「ご自身のワードローブと毛色の違うものを着こなすのはかなり難しいと思いますから、新しいものを求める時はもともとのご自身の変遷みたいなものは汲み取ったほうがよいと思います。着てみてちょっと自分には丈が長いなと思ったり、ブラウスでもパンツにインしてみて腰回りがもたつくと感じたら、思い切って丈を詰めてしまうなど、自分に合うようにどんどん手直しをして、ご自身に似合うように着こなしてほしいです。誰かの真似をすることは悪いことではありません。素敵な方がいらしたら、どんどん真似をして取り入れることをお勧めします。着てみて似合わなかったらやめればいいので、とにかく袖を通してみることが大切です。もしもご自身でわからなかったら、信頼できる周りのひとに意見を求めたり、お店でお買い物をするときも率直に意見を言ってくれる店員の方を見つけるといいですね。逆に、自分でも周りの方に聞かれた時に、素敵なときは素敵と伝えるよう意識しておくとよい循環が生まれます」。

歳を重ねるにつれてシンプルな素材の黒は着なくなったと話す犬走さん。黒は強い色なので肌が負けてしまうのだそう。同じ黒でも織りや光沢など素材感があるものだとよいそうです。「とりわけ黒のタートルは、ふわっとした襟口ならいいですけれど、ぴたっとした襟だとフェイスラインが曖昧になって、逆に顔が大きく見えてしまうことがあります。白も同様で、真っ白すぎると白浮きしてしまう。特に青っぽい白は肌の色がくすんでみえてしまうので、白いシャツでもオフホワイトのような色がお勧めです。昔はラメやツヤものが苦手だったけれど、いまは着られるようになってきたし、ファーなども大人になったから似合うようになったもののひとつだと思います。着られないものも出てきたけど、似合うものも増えました」。

素材感のあるものに切り替えたほうがよいタイミングはどのように認識すればよいのかを聞いてみると「ただのTシャツ1枚が似合わなくなったら」とのお答え。たとえばシンプルなワンピースでも、首元に何かを巻いたり、アクセサリーをつけたり、袖をたくしあげてみたり。着こなしに表情をつけることで、自分らしさを表現することにつながり、プラスしてみておかしかったらとる、足していくより引いていくほうがよいそうです。とにかく試着してみることがとても重要だと話してくださいました。

 

TPOをわきまえたおしゃれは、次世代につなぐバトン

「毎朝洋服を決める時には、わたしの場合、上着から決めていきます。一番の理由は、今日会う方や場面などのTPOに合わせて選んでいるので、アウターが最初の印象になるからです。次に中に合わせるインナーを選び、その次にボトムス。最後に天気によって靴を決めます」。靴ひとつとっても、見ているだけで美しい靴、ハレの場で履く靴、活動的に履きこなす靴と、大きく分けて3パターンに分かれているそう。これは犬走さんのお仕事ならではの視点とも言えそうです。

「ちょっと無理してでもヒールを履いたり、背筋がピンと伸びるものを着たりすることも大切です。おしゃれにはほどよい緊張感が必要。そのために身体も鍛えます。背中が丸くなりたくはないし、お気に入りの服が着られなくなったらいやだし、ヒールも履きたいし、そのためには筋肉も鍛えておかなければ保たれません。腹式呼吸を日常に取り入れてみたり、なるべく移動中も歩くように心がけたり、ジムやパーソナルトレーニングもしてきたけれど、この5年はフラメンコを続けています」。身体づくりのための努力だけでなく、愉しむことも忘れないという姿勢が感じられます。

「TPOをわきまえた着こなしは、大人の女性にとって思っている以上に大切です。たとえば、旅行先でも食事に行く時だけは靴を変えるとか、ワンピースに着替えるとか。わたしたちの世代がそういう姿勢を保つことで、次世代の方々にTPOに適したおしゃれがあることを伝えることができると思います。TPOを使い分けるには遊びとゆとりが必要で、それは堅苦しいことではなく、おしゃれをすることで高揚する気持ちを楽しんでいただけたらと思います。また、同窓会に着ていく洋服もお悩みとしてよく議題にあがりますが、同窓会にはいろいろなステータスの女性が集まるので、女性からの視線を意識したコーディネイトが求められます。目立ちすぎても角が立つし、地味すぎても…というのがあるので、わたしは着物を着ていくようにしています。ワンピースなら男性からは紺色とかブルー系とかが好感が持たれると思います。ベージュ系や花柄、淡いピンクなどは避けたほうが無難でしょう」。

 

大切にしているのは、上質であることとその着心地

改めて、犬走さんにとってファッションとはなんでしょうか。「小さい時から当たり前のようにあって、切っても切れないものです。ファッションって、好奇心のバロメーターだと思うんですね。そして着たいものが似合う体型を維持しなくてはならないので、活力にもつながるし、時流を汲み取るという意味で、感度もとても重要です」。

SIXIÈME GINZAのコンセプトである[本物][上質][一流]についても伺ってみました。「[一流]という捉え方は難しいですけれど、まだ駆け出しの頃にショーのバックステージに携わらせていただいたことで、デザイナーご本人とお仕事をご一緒させていただいたり、質の高いものづくりを間近に感じることができたというのはとても有り難い経験でした。KENZOやMUGLER、Y’s、COMME des GARCONS、JEAN PAUL GAULTIERなどのショーに携わっては、当時は背伸びしてでも実際に身につけてみるようにしていました。いまもそのスタンスは変わりませんし、この時の経験がいまのわたしのベースになっていると思います」。

こうして着々とキャリアを積み、スタイリングをする時に最も大切にしているのは上質であることとその着心地だと話してくださった犬走さん。雑誌でスタイリングをする時も、パンツもの以外は必ずと言っていいほど実際に着てみて、その着心地を確かめるそうです。実際に着るとチクチクするニットものなどは、編集の方に進言することも。また、ジャケット特集を担当すれば、その間、自分でも意識的にジャケットを着続けてみるなど、体感しながらスタイリングをするのが犬走さんのスタイルであり、その積み重ねが安定の信頼感につながっているのでしょう。

最後に、犬走さんの原動力とは?とお訊ねしてみました。「いつも楽しくいられること。仕事にも遊びにも愉しみを見つけること。映画や美術展もうっかりしているとすぐに終わってしまうので、行きたいと思ったらすぐに行くようにしています。食べることも大好きです。最近では胃袋のキャパシティも限られてきたので、本当においしいと思うものだけをいただくようにしています。歳を重ねながら、心も身体も常に新陳代謝していられる自分でありたいです」。

 

KARL DONOGHUE POP UP STOREのパーソナルスタイリングイベントにて犬走比佐乃さんをスペシャルゲストとしてお招きしております。是非お越しください。

 

スタイリスト

犬走比佐乃(いぬばしり ひさの)

1956年生まれ。SUNデザイン研究所にて、KENZO / SAINT LAURENT / Christian Diorなどのショーに携わる。1985年独立し、女優やキャスター(鈴木保奈美さん、安藤優子さんほか)のスタイリングから、レディースファッション誌『Precious』のスタイリストとして活躍中。著書『大人のおしゃれのエッセンス〜美しいブルーは5歳若く見える』(講談社刊)など。流行を押さえながらも、上品で洗練されたスタイリングは、多くの40代〜50代以上の女性から支持されている。